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富嶽三十六景 駿州江尻 葛飾北斎 |
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商品詳細 |
『富嶽三十六景 駿州江尻』 葛飾北斎 |
Thirty-six Views of Mt. Fuji/Ejiri in Suruga Province Hokusai Katsushika
この作品は目に見えない風を見事に描いているが、北斎は風を描いただけなのだろうか?
江尻は旧清水市の中心部(現在の静岡市清水区)にあった宿場町で、東海道五十三次の18番目の宿場です。
強風に木の葉を奪われながらも身をしならせて耐える路傍の木。
菅笠を奪われ、懐紙すらを奪われながらも身を屈めて強風に耐え、街道を進む旅人たち。
白い顔をして表情を見せない富士はただ泰然としている。
富士の山裾が右に伸びているのは北斎には珍しい構図である。
風の行く先、つまり木の葉や、菅笠や懐紙の飛び行く先に奥行きを持たせるために山体を左に寄せたのではないか。
この構図の取り方によって見えない風の動きが生き生きと描かれている。
見事に表現された風の「動」の中に人々を翻弄する宿命を仮託しながら、一方で無表情に佇む富士の「静」がある。
しかしよく見ると、「白い富士」は、その山裾まで伸びる「白い街道」で足掻く人々と同じ地平に佇んでいるのである。
この富士の「静」は人々に超然とするのではなく、人々の宿命に寄り添う「静」ではなかろうか。
この作品は風の「動」を描ききった秀作であると語られることが多いが、「動」と「静」のコントラストの中にこそ北斎の意図があるように思える。
北斎の晩年が幕末の激動の潜伏期であったこととこの作品の主題が無縁とは思えない。
この版は藍摺りもあるが、この作品は色摺りです。 |
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